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『AD-LIVE ZERO』

キャスト、スタッフ、お客様、全員が制作陣!

総合プロデューサー・鈴村健一インタビュー

総合プロデューサー・鈴村健一

インタビュー

11年目を迎えた『AD-LIVE』が挑戦するのはすべてを「ZERO」にすること。開演2時間前に、キャラクターの特徴や演出ギミックなど、すべてを決める“くじ引き”が行なわれ、その内容は本番前に客席にも共有される。

それはまるで、あらかじめ犯人が明かされたサスペンスを、全員が共犯者として固唾を飲んで見守るかのような体験になるだろう──そう、『AD-LIVE ZERO』とはキャスト、スタッフ、客席の全員が「制作陣」ともいえる『AD-LIVE』外伝なのだ。

取材・文/とみたまい

“自分にしかできないインプロ”を探した10年を経て、
原点に立ち返る

“自分にしかできないインプロ”を
探した10年を経て、原点に立ち返る

──『AD-LIVE ZERO』がいよいよ始まります。現在の心境は?

鈴村: 過去最高にわからない状況ですね(笑)。開幕直前の時期はいつも、ある程度具体的な見通しがついていて、それにどう対応するか、スタッフ一同対策を練って挑むような状況になっているんですが……今回は誰も挑めないという(笑)。不安でもあり、だからこそ面白いと感じています。

──これまでの『AD-LIVE』は設定をもとに検証会などを行なってきましたが、あらすじや演出といったストーリーの大本となる設定さえも当日のくじ引きで決める今回、どういった準備をしているのでしょうか?

鈴村: これまでのような細かい準備が出来ないので……全部準備しておく、という感じでしょうか。例えば舞台セットについても、今回はくじ引きによって捉え方が変わるんですね。地下室に見えるかもしれないし、病院に見えるかもしれない。どんな捉え方もできるように、汎用性の高いものを用意しています。

──演じる側も観る側も、想像力で埋めていくしかない?

鈴村: そうなりますね。例えば「ここは病院」というくじを引いたとすると、“ここが病院に見える方法”を考えないといけない。その場にないものは作れないので、汎用性のありそうな小道具を用意しつつ、裏方もアドリブで対応していかないといけないんです。

いままでは「病院」という設定が事前に決まっていて、手術台や白衣、医療器具といった本物に近いものを用意してきましたが、今回はそうじゃなくてもいいんじゃないかと思っているんです。例えば「この長めの白いカーディガンが白衣に見えるんじゃないか?」といった視点ですよね。

そういったように、小道具なんかもその場にあるもので対応していく。そのアドリブ感みたいな面白さを最大限に活かしていきたいと思っています。それが歪みになったらなったで、また面白いでしょうから。これまでの“リアリティを追及していた舞台”から少し脱却するものになるかと思いますので、そこがまた革新的なところだと思います。

──“かぎりなくインプロに近い『AD-LIVE ZERO』”というのは、そういった狙いもあるのですね。

鈴村: そもそも僕は二十歳の頃に「稽古でやるエチュードを舞台上でエンタメとしてできないか…?」ということを考えて、この『AD-LIVE』という企画を構想しているんですが、その際にインプロの舞台を何度か観る機会があって。

そこで感じた“滅茶苦茶なタイミングでも、なんとかしようとする人たちの熱量”がすごく面白かったんです。それをふまえて……インプロの劇団って、パントマイムのような、ないものが“ある”ように見える方法でお芝居を紡いでいきますが、その“ゼロから何かを作りあげる”というインプロの構造に対するアンチテーゼが『AD-LIVE』なんですね。

──アンチテーゼですか?

鈴村: ないものが“ある”と見えるような方法をとるのではなく、「できるだけ存在しているものを使って、リアリティをもってやりましょう」ということですね。というのも、インプロを観てすごく感動してインスパイアされましたが、同時に「ここから遠ざかるためにはどうしたらいいだろう?」というのをずっと考えてきたのが『AD-LIVE』で、“自分にしかできないインプロを探す”というのが、この10年間だったんです。

そうして10年間いろいろとやってきたからこそ、素直な気持ちで「昔観たあのインプロみたいな舞台をやってもいいだろう」と思えたんですね。加えてもうひとつ、ここ数年の『AD-LIVE』の悲願でもある“リハーサルを舞台上に持ってくる”ということをやりたいと……。

──「リハーサルが面白い」というお話は、毎年鈴村さんからうかがっています(笑)。

鈴村: そうなんですよ(笑)。本当にみなさんにお見せしたいぐらいリハーサルが面白くて。それはなぜかというと、本当にみんな、口から出まかせを言うんです(笑)。でも、それをなんとか成立させようとする“役者イズム”がすごい熱量を生むんですね。そういう意味では今回は本当に自由なので、まさにリハーサルと同じだと思います。

“キャストが言ったことが真実になっていく”という、みんながリハーサルでやっていたことって、インプロ本来の在り方に近かったんだという確信を得たので、今回はそれを舞台上でやってみようというところに辿り着いた感じですね。

キャストそれぞれの個性が出る、
開演前“2時間”の過ごし方

キャストそれぞれの個性が出る、
開演前“2時間”の過ごし方

──今回は90分の構成もこれまでとは大きく異なります。最初にくじ引きで決まった設定をお客様にお見せして、その後60分間の本編、最後に内容を振り返るアフタートークという構成にした意図は?

鈴村: 2008年にこの企画を始めたときは、まだ『AD-LIVE』という名前ではなくて、『鈴村健一の超・超人タイツ ジャイアント』というWeb番組のイベント企画だったんですね。

お客様は「トークショーを観に行く」という気持ちで来られたと思うんですが、幕が開いたら舞台セットがあって(笑)、「えー!」って驚き、90分の演劇を観ることになり、最後に「全部アドリブでやりました!」って聞いたときの、お客様のものすごい反応っていうのが僕にとっての大きな原体験となっているんです。それは同時に、僕がこの企画をつくったことのモチベーションのひとつでもあって。

でも、どれだけ追いかけたとしても、あの瞬間はあの初日の1回目にしかなかったっていうことが10年やってきてわかったので、「じゃあ、それに匹敵するぐらい面白かったものってなんだろう?」と思い返してみたときに、「これだけの材料を、彼らはどう処理するんだろう?」と見届けている過程や、それがうまくハマった瞬間なんじゃないかと思ったんですね。

──そのドキドキ感や爽快感をお客様にも体験してほしいと?

鈴村: そうですね。すべてを秘密にしておく必要はないかもしれない。今回はそこに固執するのをやめようと思いました。

これまでは材料も見せずに「どんな料理ができるでしょうか?」という舞台でしたが、今回は最初に材料をばらまいて、「こういった状況下でこういう人たちが出てきます。さあ、どんな料理ができるでしょうか?」という舞台になる。「材料はトマトとお米とシイタケと……カラスです。どうします?」みたいな(笑)。

途中まで美味しそうなのに「えー!なにこれ!?」みたいなものが入っている。「きっと、これを彼らはなんとかしてくれるだろう」っていうところにモチベーションを持って観ていただきたいですね。今回の企画を僕は『AD-LIVE』の“外伝”的な位置づけで考えているので、『AD-LIVE ZERO』という新しい企画だと思って観ていただけると面白いかと思います。

──これまでの『AD-LIVE』は設定の作り込みなど、役者さんのための“セーフティーネット”を強く意識されていましたが、今回はすべてがくじ引きということで、役者さんにとってもスリリングな舞台になるのではと思います。今回のセーフティーネットはどこにあると考えますか?

鈴村: 「即興劇の失敗ってなに?」って言うと、じつは“ない”んです。なにが起きても成立するのが即興劇なんですね。ですが、これまでの『AD-LIVE』は、ハッキリとした世界観があるがゆえに「これをやってはいけない」というものが出てくる可能性があったんです。

そういう意味では『AD-LIVE ZERO』は世界観も自由ですし、インプロの基本にあたるものをやるので、“やってはいけないこと探し”ではなく“やりたいこと探し”ができる。だから僕は、全部が成功例になるんじゃないかと感じているんですよね。つまり、「企画自体がセーフティーになっている」という考え方です。

──舞台上でなにをやっても成立するということですね。

鈴村: そういう舞台になると思います。なので、役者さんたちには「なにをやってもいいんだよ。なにをやっても正解で、すべては成立するから、どうかのびのびとやってください」と伝えています。きっとみんな楽しんでくれると僕は信じていますし、僕もこれまで『AD-LIVE』をつくってきたうえで「大丈夫なんじゃないかな」と思っています。

例えるならば……これまでは、すごい高いところに建物をつくって、「落ちるかもしれないけど大丈夫。ネット張ってるから」って感じでしたが、今回は地上に建物をつくった感じ(笑)。「落ちても怪我をしないから、ネットいらないよね?」っていう感覚なんですね。だから、僕としては問題ないと思っています。

──今回は「キャラクターくじ」、「演出くじ」、「あらすじくじ」と、くじ引きがたくさんあるうえに、舞台上ではこれまで通りアドリブワードも引いていきます。それゆえ、アドリブワードの役割がこれまでとは少し異なることもあるのかなと思ったのですが、検証会での手応えとしてはいかがでしょうか?

鈴村: いままで以上にアドリブワードによって世界が変わる可能性が高いと思います。例えば「あなたの母親よ」という言葉を引いたとします。これまでの公演では「いや、本当は父親だから」と、自分で決めた設定に修正していく動きをしていましたが、今回はそこに乗っかっていくことができるんです。

「俺はお前の父親だ」というドラマが始まったとして、そこで「あなたの母親よ」というアドリブワードを引いた場合、「じつはお前の母親なんだ。いまは整形して父の姿になっているけど」って言ってしまえば(笑)、成立するんです。そうやって今回は、その場で生まれたものを設定に変えていくことができる。そう考えると、アドリブワードが設定に食い込んでいく確率は飛躍的に高くなると思いますね。これまでとはちょっと違う、アドリブワードの使い方が生まれるんじゃないかなと思います。

──開演2時間前にもろもろの設定がキャストさんに明かされますが、なぜ“2時間前”としたのでしょう?

鈴村: タイミングについては悩みましたねえ……オープニングに舞台上でくじ引きをして「はいスタート!」っていうのも考えましたが、すべての役者さんがそのスタイルを望んでいるわけではないだろうとも思ったんです。その場で引いて「スタート!」っていうのだったら、「とにかくやるしかない」の一択になっちゃいますが、そこで2時間の猶予があることで、それぞれの捉え方が変わってくると思うんです。

前回の『AD-LIVE』で“なにも決めないで舞台に立つ”ことを実践した梶くんなんかは、「2時間あってもなにも考えないですよ」って言って出てくるかもしれないし、「2時間あるんだ。じゃあこういうことをしようかな? こういう衣装を用意できるかな?」ってもがく人もいるだろうし、2時間で徹底的に設定を組み込む人もいるだろうし。それぞれの個性がこの2時間で出る気がするんですよね。そこも今回の面白いところだと思います。

役者本来のやり方で即興劇をやる、
演劇らしい舞台になる

役者本来のやり方で即興劇をやる、
演劇らしい舞台になる

──今回は森久保祥太郎さんをクリエイティブプロデューサーとして迎えています。その意図や、森久保さんの役割について教えてください。

鈴村: 『AD-LIVE』に欠かせない要素である“彩-LIVE(いろどりぶ=舞台の途中に登場するゲストキャスト)”を声優キャストでやっても面白いんじゃないかと、昔から構想はあって。彩-LIVEは本番中、演出部屋にいて「こういう役をやってきて!」と言われて、急いで着替えて舞台に出て行くんですが(笑)、演出の目線も持った人が彩-LIVEをやったらどうなるんだろう?って考えたときに、『AD-LIVE』でメインキャストとして舞台に立ったことのある人が相応しいと思ったんですね。

そのときにパッと頭に浮かんだのが森久保くんでした。演出という観点で関わりながらも、彩-LIVEとして参加していくフレキシブルさを持てる人、という意味では「森久保くんだろう」と。クリエイティビティの脳の使い方が僕とよく似ている一方で、アウトプットの発想が違ったり、「なるほど!」と思うことを言ってくれたりするんです。森久保くんが入ってくれることによって、僕をはじめ、演出陣にはない感性が出てくるだろうと。それに、森久保くんに内側から『AD-LIVE』を見てほしかったというのも理由としてはありますね。

──声優キャストが彩-LIVEを担うというのは、『AD-LIVE ZERO』のスタイルにもなりそうですね。

鈴村: 『AD-LIVE ZERO』は外伝的に今後もできると思っているので、今回、森久保くんにはある種の実験台になってもらうというか(笑)。ほかの人にも今後、こういったことをやってもらえるような環境づくりをしていきたいと思っています。

彼が彩-LIVEをやることで、なにが起こるか僕もまだわかりませんが、そういう楽しい実験に付き合ってくれるであろう人ということで考えてみても、森久保くんが一番相応しかった。いま言ったような意図を直接話して「参加してくれない?」って言ったら、快く参加してくれることになったので、きっとうまくいくと思います。

──舞台が進行するのを裏で演出として見ていて、「こういうキャラが必要になりそうだな」と思ったら森久保さんか鈴村さんが着替えて出て行く感じでしょうか?

鈴村: そうそう(笑)。演出陣で話し合って、「ここは僕が出たほうがいいかな? 祥ちゃんが出たほうがいいかな?」って。僕が出る可能性も高いので、楽しみですし、楽しみにしていただきたいですね。

──『AD-LIVE』とは違う、外伝としての『AD-LIVE ZERO』。ご覧になられるお客様に、注目していただきたいポイントは?

鈴村: 広い範囲で「この空間でなにが起こるかわからない」というお化け屋敷のような感じが、いままでの『AD-LIVE』にはおそらくあったと思うんです。でも、今回は「こういう設定があります」とみなさんにもお伝えするので、「それをどう表現するんだろ?」という見方になりますよね。

昔のサスペンスドラマのように、誰が犯人かわからないように作られていて、最後に「あ! コイツが犯人なのか!」と知るのがこれまでの『AD-LIVE』としたら、冒頭で犯人を発表して、「この犯人はどんな人物で、どうやって犯罪を行なうんだろう?」と見届けるのが今回の『AD-LIVE ZERO』だと思います。これまでよりもビューポイントが定まっているのが今回の面白いところかもしれません。1時間が濃密になりますよね。

最初に設定が明かされることで、役者さんも本来の役者らしい動きになると思っていて。つまり、「俺はこういう人で、相手はこういう人なんだ」ってわかった状態でやるっていうのは、普段僕らがやっている声優の仕事と同じなんですよね。キャラクター表をもらって、世界観も知っていて、それをあたかも初めて知るかのようにお芝居する。それと同じで、役者本来のやり方で即興劇をやる。インプロらしいインプロ、演劇らしい即興劇になるんじゃないかと思います。そこが今回注目してほしいポイントでもありますね。

──では最後に、開幕への意気込みをお願いします!

鈴村: いよいよ開幕です。過去最高に、マジで、なにが起こるかわからないです(笑)。いまも準備を進めていますが、スタッフ一同、なにを準備していいかわからないです(笑)。“ただ心を研ぎ澄ますことしかできない”という、いつもは役者さんが感じるこの気持ちを、今回はスタッフも共有しています。つまり、役者さんとスタッフが全員、お客様と同じ目線でステージを作るということです。

今回はくじ引きの内容を考えていただくという形でみなさんにも大いに参加していただきましたので、みなさんの意向も確実に舞台に反映されるでしょう。いままで以上に色濃く、みなさんの色が出るような舞台になると思うので、僕らスタッフ、キャストのみなさん、そして、来てくれるお客様、全員が制作陣だというのが『AD-LIVE ZERO』のもうひとつのコンセプトだと思っています。

辿り着く先になにが待っているのか、これは当日やってみなければわかりません。ぜひこの瞬間に立ち会っていただければと思います。